「結婚して一人前」という言葉は、どこから来たのか

結婚して一人前。

いまどき、面と向かって言う人は少なくなりました。

それでも、この言葉はまだ空気のなかに残っています。

親戚が集まる席で。

同期が先に結婚したとき。

年賀状に並ぶ、家族写真のなかで。

この言葉がどこから来たのかを、少しお話ししたいと思います。

私は1955年、昭和30年の生まれです。

その空気を、じかに吸って育った世代です。

誰にも言われていないのに、信じていました

私は田舎の家で、長男として育ちました。

跡取りだから、とはっきり言われた記憶はありません。

一度もなかったと思います。

それでも、私は信じていました。

家を継ぎ、結婚し、一家を養う。

それが正しい人生なのだと。

結婚するのは当たり前のことで、それ以外の選択肢があるとは、考えたこともありませんでした。

面白いのは、誰にも強制されていないことです。

強制されていないのに、疑いもしなかった。

これが、空気というものの怖いところだと思います。

当時は、女性にはもっと強い区切りがありました。

クリスマスイブという言い方がありました。

25歳までには一度結婚しておくものだ、という風潮です。

いま聞くとひどい話ですが、当時は冗談として通っていました。

昭和の社会では、結婚しないと一人前とみなされていなかったのです。

男性も、女性も。

相談所で会った、ある父親

結婚相談所を営んでいたころ、こんな方が来られました。

ある男性の、お父さまです。

こうおっしゃいました。

息子は私の言うことなら何でも聞く。

だから息子の嫁は私が探す。

私を入会させてほしい、と。

驚きました。

同時に、まったく理解できないわけでもありませんでした。

そのお父さまにとって、結婚は家の話だったのだと思います。

息子個人の人生の話ではなく、家をつなぐ話。

だから、自分が動くのが当然だった。

悪気があったのではありません。

そういう時代を生きてこられた方だった、というだけのことです。

妻の一言で、自分の中の「家」に気づきました

人のことは言えません。

私自身が、この感覚から自由になるのに、ずいぶんかかりました。

再婚したあと、一人息子が結婚したい女性を連れてきました。

私は当たり前のように、息子と一緒に暮らすことを考えていました。

そのとき、妻がこう言いました。

「息子の苗字も変えて養子に出せ」

意味がすぐには呑み込めませんでした。

黙っている私に、妻はもう一言、聞いてきました。

「イエと息子の幸せと、どっちが大事?」

このときです。

自分のなかに住み着いていた「家」の感覚と、初めて正面から向き合ったのは。

繰り返しになりますが、私は誰かに強制されたわけではないのです。

それなのに、60歳を過ぎるまで、それが当たり前だと思い込んでいた。

その思い込みの強さに、私自身がいちばん驚きました。

制度はなくなっても、感覚は残ります

家の制度そのものは、とうの昔になくなりました。

けれど、制度が消えても感覚は残ります。

感覚は、親から子へ、言葉にならないまま渡っていきます。

私が誰にも言われずに信じていたように。

いまあなたが感じている「結婚しないと」という気持ちも、そうやって渡ってきたものかもしれません。

ここで、はっきり申し上げておきたいことがあります。

家の制度が悪かったわけではありません。

その時代には必要なものだったのだと思います。

そして、それに従って生きた人たちが悪かったわけでもありません。

そうすることが、当たり前だったのですから。

私の母もそうでした。

ただ、いまの時代とは違ってきている。

それだけのことです。

あなたに必要かどうかだけ、見てください

だから、こう考えてみてはどうでしょうか。

「結婚して一人前」という言葉を、否定しなくていいのです。

戦わなくていいし、怒らなくてもいい。

ただ、こう聞いてみる。

この言葉は、いまの私に必要だろうか。

必要だと感じるなら、大切にすればいいと思います。

必要ないと感じるなら、そっと置いておけばいい。

言葉は、置いていくことができます。

あなたが一人前かどうかを決めるのは、結婚しているかどうかではありません。

自分の人生を、自分で選んでいるかどうかだと、私は思っています。

昭和の空気と、いまを生きるあなたのことを、一冊かけて書きました。

『正解の結婚より、納得できる人生』

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